観光で持続可能な地域を作るサステナブルツーリズムの4事例
2025/05/20

世界中で、観光による自然破壊、地域の文化の消失、大量の二酸化炭素排出といった負の側面が顕在化する中で、今「サステナブルツーリズム(持続可能な観光)」という考え方が注目を集めています。
サステナブルツーリズムとは、観光を通じて地域の自然・文化・経済・社会の持続可能性を損なうのではなく、むしろそれを守り、支えていく観光のあり方を指します。
国連世界観光機関(UNWTO)は、サステナブルツーリズムを下記のように定義しています。
「サステナブルツーリズムとは、訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光のこと」
単なる「環境にやさしい観光」というイメージを超え、地域社会と旅行者の関係性そのものを再構築しようとするこの概念は、今や世界の観光政策・旅行者ニーズ・企業戦略の中心テーマのひとつになりつつあります。
本記事では、国内外の実践事例を交えながら、サステナブルツーリズムの定義や直面する課題、そして今後の展望までを体系的に解説してまいります。
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サステナブルツーリズムの4つの実践事例
サステナブルツーリズムは理念にとどまらず、すでに日本国内外で様々な形で実践されています。ここでは、地域ぐるみで持続可能な観光を推進している4つの事例を紹介してまいります。
事例① 群馬県みなかみ町:自然と文化を活かした「体験型エコツーリズム」
群馬県のみなかみ町は、町の約9割を森林が占める自然資源の宝庫です。ラフティングやトレッキングなどのアウトドア体験に加え、地元ガイドによる自然解説や里山文化の紹介も充実しており、単なる観光にとどまらない「学びとつながり」を重視した観光が根づいています。
◆利根川を下るラフティング

※出典:みなかみユネスコエコパーク
みなかみ町は、2017年に「ユネスコエコパーク」に登録され、2019年には「SDGs未来都市」に選定されるなど、持続可能な観光と地域づくりにおいて国内外から高い評価を受けています。
事例② 埼玉県飯能市:行政と民間が連携した「里山観光モデル」
東京から電車で約1時間という好立地にありながら、豊かな森林環境を有する飯能市は、環境省から「エコツーリズム推進モデル地区」にも指定されており、地域資源を活かした持続可能な観光に注力しています。
森林セラピーや薪割り体験、間伐材を活用したアクティビティなどが用意されており、旅行者は里山の価値を肌で感じながら、地域の循環型経済にも貢献できる仕組みになっています。
◆天覧山をめぐるエコツアー

※出典:飯能市エコツーリズム・エコツアー
地元の旅館やNPOと連携し、廃校を活用した宿泊施設も整備されており、持続的な地域活性化と雇用創出の両立が進められています。
事例③ 徳島県神山町:アートとITで地域と旅を再設計
四国の山間部に位置する神山町では、アート・IT・地域づくりが融合したユニークなサステナブルツーリズムが展開されています。
NPO法人グリーンバレーが主導する「創造的過疎」の取り組みにより、企業のサテライトオフィスやアーティスト・イン・レジデンスの誘致が進み、地域に新たな人と経済の流れを生み出しています。
◆神山アーティスト・イン・レジデンス

※出典:神山プロジェクトのポイント 四国徳島・神山町
観光客は地元住民との交流や里山体験を通じて、一過性ではない“関係人口”としての関わり方を模索することができ、持続可能な地域社会づくりに直接寄与できる点が特徴です。
この取り組みは、観光庁や多数のメディアにも「サステナブルツーリズムの新たなモデル」として取り上げられています。
事例④ スウェーデン・ヨックモック:先住民族と共生するエコツーリズム
スウェーデン北部、北極圏に位置するヨックモックは、先住民族サーミの暮らしと自然が調和する地域です。旅行者はオーロラ観察やトナカイ放牧体験を通じて、サーミの文化と環境保護の考え方を体感することができます。
◆ヨックモック・ウィンターマーケット

※出典:Jokkmokk – Swedish Lapland
スウェーデン政府および観光局は、こうした取り組みを「サステナブルツーリズムの模範例」として位置づけており、現地では文化の尊重や自然保全を軸にした観光ガイドラインも整備されています。観光を通じた文化継承と環境教育が融合したこの地域は、欧州における“共生型観光”の先進地と言えるでしょう。
サステナブルツーリズムは、単なる観光スタイルの一つではなく、地域社会・自然環境・旅行者の三者が共に価値を享受し、持続可能な関係をつくる実践となっています。紹介した事例では、規模や場所を問わず、多様なアプローチでこの理念が体現されていることがわかります。
こうした取り組みは、一見するとそれぞれ固有の文脈に基づいた地域独自の動きに見えますが、実はそれらすべてに共通する考え方と国際的な枠組みが存在しています。以降は、サステナブルツーリズムの定義や背景、関連用語について詳しく解説してまいります。
サステナブルツーリズムとは「観光による持続可能な地域づくり」
サステナブルツーリズムとは、「観光によって地域の自然・文化・経済・社会の持続可能性が損なわれるのではなく、むしろ保たれ、支えられる形で行われる観光」のことです。
国際的には、国連の専門機関であるUNWTO(国連世界観光機関)が次のように定義しています。
◆サステナブルツーリズムの定義
引用:世界観光機関アジア太平洋地域事務所
この理念は、単に“環境に優しい観光”を意味するのではなく、「持続可能性」を軸に据えた観光全体の再構築を目指すものです。
◆サステナブルツーリズムの基本構造

この考え方が国際的に注目を集めるようになった背景には、観光業の急拡大に伴う負の側面の顕在化があります。
例えば、観光地の過密化によって住民の生活に支障をきたす「オーバーツーリズム」、自然環境や地域文化の過度な商業化、観光公害による摩擦の深刻化などが世界中で問題視されてきました。
こうした状況の中で、観光を地域の課題解決や価値創出の手段と捉え直す動きが広がっています。
2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)でも、「持続可能な観光の推進」が明確に掲げられ、サステナブルツーリズムは単なる理念ではなく、実際の観光政策や地域経営に組み込まれるべき具体的な実践モデルとして国際的に位置づけられつつあります。
日本でもサステナブルツーリズムが本格化
サステナブルツーリズムは、SDGsの中でも以下の目標と深く関係しています。
◆サステナブルツーリズムと関連の深いSDGsの目標
目標11「住み続けられるまちづくりを」
目標12「つくる責任・つかう責任」
目標13「気候変動に具体的な対策」
国際的には、UNWTOやGSTC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)などがサステナブルツーリズムのガイドラインや評価指標を整備し、欧州を中心に多くの国・地域で導入が進んでいます。
持続可能性の観点から旅行先を評価し、認証を与える仕組みも広がっており、政策・事業・旅行者の行動すべてに影響を与えています。
日本でも、観光庁が2021年から「サステナブルな観光コンテンツの高度化」モデル事業を推進し、国レベルでの枠組み整備が本格化しています。
また、各地の自治体や「観光地域づくり法人(DMO)」でも、地域資源の保全と観光振興を両立させるための取り組みが活発化しており、国内でも実践的な動きが着実に広がりつつあります。
よく聞かれる5つの「ツーリズム」との違い
近年、「〇〇ツーリズム」と呼ばれる観光の新しい形が次々と登場しています。その背景には、旅行者の価値観の変化、多様化する社会的ニーズ、そして観光が地域社会や環境に与える影響への意識の高まりがあります。
こうした多様な観光スタイルの中で、サステナブルツーリズムは他の観光スタイルの“上位概念”として機能する包括的な概念であり、他のツーリズムと重なる部分も多くあります。
以下に、サステナブルツーリズムと混同されやすい主要な5つの観光スタイルを整理しましたのでご覧ください。
◆サステナブルツーリズムと混同されやすい5つの観光スタイル
ツーリズム名 | 主な特徴 | サステナブルツーリズムにおける位置付け |
① エコツーリズム | 自然環境の保全と学びを重視。小規模・体験型の自然観光。 | 「環境」に特化した実践形のひとつ |
② レスポンシブルツーリズム | 旅行者が倫理的・責任ある行動をとる観光。 | 個人の行動レベルから持続可能な観光を支えるアプローチ |
③ ユニバーサルツーリズム | 年齢や性別、国籍、障がいの有無にかかわらず、誰もが楽しめる観光。 | 観光の公平性と包摂性を担保し、「誰ひとり取り残さない観光」を実現する要素 |
④ バリアフリーツーリズム | 障壁(バリア)の物理的・精度的除去を中心とした観光支援。 | ユニバーサルツーリズムを具体的に実現するための実務的アプローチ |
⑤ オーバーツーリズム | 地域か観光客過多で悪影響を受ける現象。「観光公害」とも呼ばれる。 | サステナブルツーリズムがこれを回避・解決するための対抗概念 |
このように、エコツーリズムやレスポンシブルツーリズムは、サステナブルツーリズムの理念を個別のテーマに特化して実践したものと捉えることができます。
一方、オーバーツーリズムは「問題提起」であり、サステナブルツーリズムはその対策・方向性として位置づけられます。
また、ユニバーサルとバリアフリーツーリズムは、「誰も排除しない観光」という観点で、サステナブルツーリズムの社会的包摂(インクルーシブ性)を担保する重要な補完概念と言えます。
それでは次に、サステナブルツーリズムを現場で実行していくうえで直面する課題について、詳しく解説してまいります。
サステナブルツーリズムにおける3つの課題と解決への取り組み
サステナブルツーリズムは、地域社会・環境・経済の調和を図る理想的な観光の在り方として注目を集めていますが、理想を現実に落とし込むための「運用可能な仕組みづくり」は簡単ではなく、実際の観光現場では多くの矛盾や壁に直面しています。
以下に、現場で見られるサステナブルツーリズムの代表的な課題を3つに絞って紹介します。
課題① 経済性との両立の難しさ
サステナブルツーリズムは理念として魅力的である一方、その実践には追加的なコストや手間がかかる場面が少なくありません。
特に、短期的な収益が求められる観光業においては、経営的な負担が高いハードルとなることが多くあります。
◆利益圧迫の要因
・サステナブル認証の取得や専門人材の確保にコストがかかる
・中小規模の宿や店舗では、持続可能性への投資が難しい
このように、持続可能性と事業の採算性をどう両立させるかは、多くの観光地にとって深刻なジレンマとなっています。
経済性と持続可能性の両立は簡単ではありませんが、いくつかの地域や事業者では、創意工夫により実効性のある解決策が模索されています。
◆価値と効率を両立する工夫
例:宿泊施設に太陽光発電やLED照明、断熱材を導入し、環境負荷と光熱費の双方を低減。
・地元産品を“魅力化”し、価格転嫁を可能に
例:地産地消の食材や工芸品を観光体験と結びつけ、単なるコスト増ではなく「付加価値」として提示。
・補助金や認証制度を活用した導入支援
例:観光庁の補助事業や自治体の支援策を活用し、初期投資のハードルを下げる。
・サステナブルな体験価値を訴求したプロモーション
例:「環境に優しい宿泊」や「地域に還元されるツアー」などをブランドとして前面に押し出すことで、価値重視の旅行者層を獲得。
このような取り組みはまだ一部にとどまっていますが、「サステナブル=コスト増」ではなく、「サステナブル=差別化のポイント」と捉え直す動きが、今後の持続的な観光経営に必要になってきます。
課題② 旅行者の意識と行動のギャップ
持続可能な観光地づくりには、旅行者自身の理解と協力が欠かせません。しかし現実には、「いいことだとは思うけれど、わざわざ選ばない」といった消費者心理が根強く、理念が行動に結びつかないケースが多く見られます。
◆消費者の行動に結びつかない要因
・地域貢献や環境配慮の選択肢が、比較検討の対象になりにくい
・「サステナブルツーリズム」という言葉そのものがまだ浸透していない
こうした状況では、観光事業者や地域がサステナブルな取り組みを行っても、旅行者に選ばれなければ成立しません。そのため、旅行者の「気づき」と「行動」を促すことが必要になってきます。
旅行者の行動変容を促すには、「なぜこの旅を選ぶべきか」「どんな価値があるのか」をわかりやすく伝える工夫が必要になります。
旅行者が単なる観光消費者ではなく、地域や環境に貢献する「主体」であると感じられるような仕掛けづくりが求められます。
◆共感を行動に変える工夫
例:自然保護活動や地域住民との交流など、旅を通じて「貢献する体験」ができる仕組みをツアーに組み込むことで、旅行者の満足度と意識の両立を図る。
・価値の「見える化」による選択支援
例:環境負荷の低い宿泊施設や地域密着型の交通手段などにラベリングを行い、「どこがサステナブルなのか」が一目でわかる工夫をする。
・SNSや動画によるストーリーテリング
例:地域の魅力や観光体験の背景にある物語を視覚的に発信することで、共感による旅行先選びを促す。
・若年層への教育的アプローチ
例:修学旅行や教育旅行に地域課題やSDGsを学ぶ要素を取り入れることで、将来の旅行者層の意識を育てる。
このような工夫は、「安いから」「便利だから」ではなく、「意味があるから」「共感できるから」選ぶという、新しい旅行者像の形成につながります。
課題③ 取り組みを支える仕組みの弱さ
どれだけサステナブルツーリズムの理念が優れていても、それを支える仕組みや人材がなければ継続的な取り組みは困難です。多くの地域では、制度設計や組織体制の未整備、人材不足といった構造的な課題が足かせとなっています。
◆仕組み不足による問題
・サステナブル観光を推進できる人材が地域に少ない
・自治体やDMO(観光地域づくり法人)など関係機関の役割が曖昧で、連携がうまく機能していない
・認証制度や支援制度の選択肢がまだ限定的である
このように、理念と現場をつなぐ土台が弱いままでは、せっかくの取り組みも一過性のもので終わってしまいます。そのため、サステナブルツーリズムに持続的に取り組むための基盤づくりが急務となっています。
理念を「仕組み」に変えるには、現場で機能する制度や評価軸、人材育成、連携体制といった工夫が必要です。
◆理念を支える工夫
例:宿泊数や観光消費額だけでなく、地域還元率や環境負荷削減量など、サステナブルな観点を定量的に評価する仕組みを整備する。
・専門人材の育成や配置を促進する
例:観光・環境・地域経営を横断的に理解した人材を育成・配置することで、現場推進力の強化につなげる。
・官民、地域間の連携プラットフォームを整える
例:自治体・DMO・観光事業者が対等な立場で話し合い、ビジョンを共有できる場を定常的に設ける。
・支援策や認証制度の活用を促進する
例:既存の補助金や国際認証などを「活用しやすい形」で周知・支援し、取り組みを広げる。
こうした基盤整備を進めることで、理念は単なる理想論ではなく、現実に根ざした観光戦略として機能しはじめます。サステナブルツーリズムを「続けられる仕組み」に変えていくことが、理念の定着には欠かせません。
以上のような課題をサステナブルツーリズムは抱えておりますが、それぞれの現場では具体的な工夫や改善への取り組みが始まっています。では今後、サステナブルツーリズムはどのように発展していくのかについて、次に解説してまいります。
サステナブルツーリズムの今後の展望
国際的には、観光業における持続可能性の重要性が高まっています。
国連世界観光機関(UNWTO)は、持続可能な観光開発のガイドラインと管理手法を策定し、観光業の環境的、経済的、社会文化的側面のバランスを取ることを推奨しています。
そして先に述べたように、日本においても、観光庁が「サステナブルな観光コンテンツの高度化」モデル事業を推進し、地域資源の保全と観光振興の両立を図っています。また、各地の自治体や観光地域づくり法人(DMO)も、持続可能な観光の実現に向けた取り組みを進めています。
今後は、観光地、事業者、旅行者が協力し合う「共創型」の観光モデルが重要となり、地域住民との協働や観光客の意識改革を通じて、持続可能な観光地づくりを進めることが求められます。
まとめ
サステナブルツーリズムは、一部の先進的な地域や事業者による取り組みから始まり、今や観光業全体に求められる新しいスタンダードへと移行しつつあります。
本記事で紹介した事例のように、日本国内外ではすでに多様な実践事例が存在し、「観光による地域づくり」の可能性を示しています。
サステナブルツーリズムは、理念から実践へと進化しつつあります。今後は、制度的な整備とともに、関係者全体の意識改革と協働が不可欠です。持続可能な観光の実現に向けて、消費者も含めた一人ひとりが行動を起こすことが重要です。